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Android自体の雑感

まず、日本のガラケーにも利点は結構あった。メモ帳標準装備とか、それなりのファイラー標準装備とか。Android 2.3でもこれらは標準装備されていない。前者はともかく後者はあってもよろしいと思うのですが。

次に、Androidマーケットのカオス感。そもそも(しばし批判の対象とされる)審査が無いので、マーケットのアプリの仕様は自己責任モード。インストール前にアプリが要求してくる動作権限などがリストアップされるけれども、結構面倒くさい。よく荒れるユーザーレビューと、自分でアプリの接続先を確認でもしない限りは結構危うい船に乗ってる感があるので厳しい。


それに、Firefoxアドオンの世界と同様に、「とりあえず機能を乗せてみました」 なアプリが結構多い。

メインで売りにしている機能ひとつに、どう見ても後から高機能すごい病の一環でつけられた機能とかがあったりする。結構煩わしい。このあたりはAndroid市場が発展するにつれ、次第に淘汰されるのかもしれないけれども、「定番」と言われるアプリに限って余計な機能を結構つけたがっていたりするケースがままあるので、たぶん直らないんじゃないかなー。Firefoxのアドオンでも似たような例あるし。どこの世界も一緒というか。

尚、個人的には、この機能全部乗せな風潮は好きではない。Android上のアプリの連携操作は、各アプリの機能画面(アクティビティと言うんだっけ?)を繋いでいく形になっているし、かなり密な動作になっているのだから、他の機能特化したアプリの呼び出しを適切にやって連携していく方がユーザーは幸せになれると思うんですよね。Androidのアプリ自体は、Android OSそのものの機能を拡張するようなかんじですし、さながらWebブラウザの拡張機能の連携のように。


3つ目。過去のバージョンを事実上使ったことが無く、Android 2.3を触った感じから言うと、普通に利用する分には問題はほとんどないと思う。ただ、先にあげたマーケットの問題とか、Androidが抱えるアップデートの問題などを考慮すると、まだまだiPhoneの方が万人受けするとは思う。

テクノロジ系の記事を追っていると、「制限ばかりかけるAppleはもっと寛容になるべきだ」などと感じてしまうのだけれども、本当に「電話の再発明」 をするのであれば、機会に強くない、そこらへんのオバちゃんでも手軽に使えるようにする必要があるわけで、iPhoneの「制限をかける」という方向性は一種の解法だと思う。

そもそも「制限なんて取っ払え」というのは、AndroidLinuxカーネルを利用している「ギークのおもちゃ」的な面があるからだと思うし。ガラケーに「もっとオープンにしろ」と言うのかと。(言う人もいるんだろうけど) まず、日本のガラケーにも利点は結構あった。メモ帳標準装備とか、それなりのファイラー標準装備とか。Android 2.3でもこれらは標準装備されていない。前者はともかく後者はあってもよろしいと思うのですが。

次に、Androidマーケットのカオス感。そもそも(しばし批判の対象とされる)審査が無いので、マーケットのアプリの仕様は自己責任モード。インストール前にアプリが要求してくる動作権限などがリストアップされるけれども、結構面倒くさい。よく荒れるユーザーレビューと、自分でアプリの接続先を確認でもしない限りは結構危うい船に乗ってる感があるので厳しい。


それに、Firefoxアドオンの世界と同様に、「とりあえず機能を乗せてみました」 なアプリが結構多い。

メインで売りにしている機能ひとつに、どう見ても後から高機能すごい病の一環でつけられた機能とかがあったりする。結構煩わしい。このあたりはAndroid市場が発展するにつれ、次第に淘汰されるのかもしれないけれども、「定番」と言われるアプリに限って余計な機能を結構つけたがっていたりするケースがままあるので、たぶん直らないんじゃないかなー。Firefoxのアドオンでも似たような例あるし。どこの世界も一緒というか。

尚、個人的には、この機能全部乗せな風潮は好きではない。Android上のアプリの連携操作は、各アプリの機能画面(アクティビティと言うんだっけ?)を繋いでいく形になっているし、かなり密な動作になっているのだから、他の機能特化したアプリの呼び出しを適切にやって連携していく方がユーザーは幸せになれると思うんですよね。Androidのアプリ自体は、Android OSそのものの機能を拡張するようなかんじですし、さながらWebブラウザの拡張機能の連携のように。


3つ目。過去のバージョンを事実上使ったことが無く、Android 2.3を触った感じから言うと、普通に利用する分には問題はほとんどないと思う。ただ、先にあげたマーケットの問題とか、Androidが抱えるアップデートの問題などを考慮すると、まだまだiPhoneの方が万人受けするとは思う。

テクノロジ系の記事を追っていると、「制限ばかりかけるAppleはもっと寛容になるべきだ」などと感じてしまうのだけれども、本当に「電話の再発明」 をするのであれば、機会に強くない、そこらへんのオバちゃんでも手軽に使えるようにする必要があるわけで、iPhoneの「制限をかける」という方向性は一種の解法だと思う。

そもそも「制限なんて取っ払え」というのは、AndroidLinuxカーネルを利用している「ギークのおもちゃ」的な面があるからだと思うし。ガラケーに「もっとオープンにしろ」と言うのかと。(言う人もいるんだろうけど)